届け、我らの頭上に在りし水なき海へ

〔2006.5発表,CD,全7曲〕
 本作は、上海アリス幻樂団「東方永夜抄 ~ Imperishable Night.」を、主人公たちでなく蓬莱人たちの物語として捉えなおしたピアノアレンジ集である。彼女らが千年の夜と昼に見上げてきた月と、一夜の後に見上げる月の姿を描く。その一夜は、後に永夜事変と呼ばれる。

 月の海の名を冠した組曲であり、特に5~7はピアノソナタとしての構造内構造を持つ。ソナタ形式の主題再現性に応答して終曲は序曲と循環して繋がるが、演奏者はオプションを用いてそこに差異を持ち込むことができる。その選択が永夜抄の解釈となる……以上のような意図を持って編んだ。
 2008.5解説付楽譜集を発表。本ページ末尾に楽譜と楽譜集の解説を附す。

「届け、我らの頭上に在りし水なき海へ」パッケージ


CD仕様
ケース=スリムジュエル
ブックレット=6p 4c/1c
レーベル=シルク2C[DIC442,DIC546-1/2](指定。仕上仕様未詳)
帯=シープスキン,[DIC2339]
キャラメル包装

楽譜仕様
サイズ=A4
表紙=コルキー[ベージュ]130kg,黒,赤箔/白箔,筋入れ加工
本文=画楽紙110kg,48p,1c,糸かがり綴じ

「届け、我らの頭上に在りし水なき海へ」ブックレット画像

楽譜 原曲
01 静かの海:鮮やかな記憶 ▼DL シンデレラケージ ~ Kagome-Kagome
02 蛇の海:ルナリエン・ラプソディ ▼DL 狂気の瞳 ~ Invisible Full Moon
03 嵐の大洋:渾天儀 ▼DL ヴォヤージュ1969
04 雨の海:月齢14.9 ▼DL 月見草
05 雲の海 :ピアノソナタ「連禱」第一楽章
夢に楽土求めたり ▼DL
月まで届け、不死の煙
06 晴れの海:ピアノソナタ「連禱」第二楽章
届け、我らの頭上に在りし水なき海へ ▼DL
千年幻想郷
07 終曲:ピアノソナタ「連禱」第三楽章
ありあけの白き爪痕 ▼DL
幻視の夜 ~ Gohstly Eyes

目次

解説

 本曲集は、弘世並びにその個人サークル「アルトノイラント」の前期作品集と題して2006年に発表された、上海アリス幻樂団「東方永夜抄 ~ Inperishable Night」を原作にとった一群のピアノ編曲を収録している。編曲作業は2005年9月ごろ1曲目「鮮やかな記憶」より開始され、以下6,7,2,3,4,5番という順に着手、2006年3月に完了した。
 東方プロジェクトについては、あまた言説があるなか、この解説であえて述べる必要もないだろうが、巫女や魔法使いの少女らが、幻想郷という日本のどこかにある架空の土地を主な舞台に、妖怪の引き起こす様々な異変を解決すべく飛びまわるパソコン用ゲームシリーズ、ならびにその周辺作品である。永夜抄はWindows 用シューティングゲームとしては第3作(通算8作目)にあたり、竹取物語を軸として、満ちない満月の怪異に人と妖怪が挑む、といった筋立てになっている。解説中、登場キャラクターの名前を用いるので、未体験であれば、是非プレイしていただきたい。編曲者がピアノ演奏曲を選択した理由とは、ゲームのPlayと演奏のPlay の類似性によるからだ。

1.静かの海:鮮やかな記憶

(シンデレラケージ ~ Kagome-Kagome より)
 この曲には2つのオプションがある。 1つ目は完全に独奏する。2つ目は譜めくりの補助を用いる。 演奏者は、プログラムの最初に、どちらかを選ぶこと。
 本組曲「届け、我らの頭上に在りし水なき海へ」は1周する間に、永夜事変を完了する造りになっている。 もし気に入ってもらえたなら、前後の鈴仙の心境の変化をふまえ、7曲すべての後にもう一度この曲を演奏してほしい。 都合二度、オプションはどのように選んでも間違いはない。その選択が、聴衆に対する、あなたの「永夜抄」解釈の表明である。

1小節: 祈りの言葉のように。 my, と鈴仙がいうのならば後につづくは庭であろう。 my, と永琳がいうのならば後につづくは世界であろう。 2人とも、月を隠してしまうほどに( 女性の暗喩?)不安なのである。不安なとき、人は祈る。

6小節: 1人で演奏するならば以降18小節までのバス音は、( 右手または左手の跳躍)+ソステヌートペダルで実現する。譜めくりの方が幸いにしているのであれば、その方に 弾いてもらってもよい。

21~22小節: 上声部のテクスチャは難度にあわせ省略可。

36小節冒頭: いわゆるクラスター的音響。

37~39小節: 右手を広げた中で左の指を動かす、派手ではないが、弱音で処理するのは技巧的な見せ場である。

42小節以降: ペダル踏み換え指示について注意。

 本曲のオプション選択は、技巧的イディオムに対する、演奏者の価値の置き方の表明でもある。独奏と協奏の選択肢を用意した本曲集の音源発表と、同人シーンにおける「超絶技巧系」ピアノアレンジの収縮の時期が重なって見える、とするのはいささか我田引水的かもしれないが、興味深い。

2.蛇の海:ルナリエン・ラプソディ

(狂気の瞳 ~ Invisible Full Moon より)
 楽天家(opt.)と悲観家(pessi.)の会話劇のように演奏する指示が下されている。どのキャラクターの比喩かは特に示さなくても原作ファンなら瞭然であろう。交互に語り合い、ばらばらのことをいい(Discretely)、ともにかたり、ケンカし、仲直り……関係の止揚……にいたる。
 後半曲とは違った意味になるが、「独奏」という意味ではあるいは最難関の曲かと思う。

3.嵐の大洋:渾天儀

(ヴォヤージュ1969 より)
 2曲目までの内容によって想起された永琳の記憶。対話から大きく梶を切って、個人の思考に飛び込む。そして、思い出される光景へと組曲は転じる。

4.雨の海:月齢14.9

(月見草より)
 ソナタにつづく前奏的な曲である。 「祭りの前」の高揚を示し、楽想記号には徐々に満ちる月の様子が記述されている。 終盤は左右のみならず、ペダルを用い、3線のポリリズムを構成する。

5.雲の海 :ピアノソナタ「連禱」第一楽章
夢に楽土求めたり

(月まで届け、不死の煙より)
 5番から7番はピアノソナタ形式であり、本組曲の多重構造の一角をなす。原曲は蓬莱人、藤原妹紅のテーマ曲。キャラクターにつきまとう、怒りや罪の意識と相対する形……1曲目の拡大された再現に近い……になっている。
 最初の小節はアウフタクトなのに注意。左手はアルペジオ記号であらわすべきところだが、標準とするタイミングを示すために、すべてタイで表示している。

7小節: 声部的に細かくいえば2和音の声部が2つ(3音の箇所は上声部の下の音と下声部の上の音が重なっている)。8小節目の最中にその声部の上下が入れ替わっている。弾き方優先で指使いは設定した。

15~18小節: 左手に対して、11~14小節のような右のフォローをするか、簡単にしたい場合、左をドソドソドソ…みたいに2音の交互連打にしてかまわない。

48小節: 再現部。Firmly の指示に加えて、CDブックレット終曲の解説を参照。

6.晴れの海:ピアノソナタ「連禱」第二楽章
届け、我らの頭上に在りし水なき海へ

(千年幻想郷より)
 「千年幻想郷」、「竹取飛翔」、「月まで届け不死の煙」、という蓬莱人を象徴する曲にはレファソ(相対音名)、という動機の共通点がある。これを用いて、3曲(ならびに前後に慧音を象徴する曲)を融合し、蓬莱人たちのまどろみのなかにある、いまだ見ぬ未来の夢を描いた。
 技巧的には左右交差が多いが、極端に突出したところはないだろう。以下に、初公開時の楽想記号解説を転記する。

 囲炉裏はとうに燠火になったが、座は未だ「凪のよう」で Calmly
 彼女らが此処に至る道を語る言葉は「訥々と」少ない Falteringly
 だがやがて一人が口をひらけば、我も我もと心が「あふれ出すように」話はつきることがなくなった。 With outpouring emotion
 そして気づいた。
 口々にする言葉はみな一つのことを指していたことを。
 繰り返す永夜の夢が成されていたことを。
 そして彼女らは「晴れがましく」夜が明けるまで笑うのだ。 Radiantly
 彼女は、未だ見ぬその思い出を「夢見るように」教えてくれた。 Dreamly

7.終曲:ピアノソナタ「連禱」第三楽章
ありあけの白き爪痕

(幻視の夜 ~ Gohstly Eyes より)
 本曲は、前6曲の要素を取り込み構成されている(完成順からいえば、この曲の中で、各曲の要素を煮詰め還元した形である)。主な要素は以下のとおり。

   1小節~:高音部伴奏( 静かの海)
  19小節~:左右ユニゾン(蛇の海)
  29小節~:ベース音延音、波型アルペジオ(雨の海)
  45小節~:定型伴奏(雲の海)
  71小節~:ペダルオン連打の音響(嵐の大洋)
  86小節~:動機操作による複数曲融合(晴れの海)
 106小節~:高音部伴奏(コーダ・静かの海)

 妹紅やウドンゲの来歴になぞらえた展開と取ることもできる。
 「不遇だが平静な日々、蓬莱の薬の奪取、放浪、隠棲、怨敵との再会、衝突と倦怠、現在」。あるいは「月での日々、戦争と逃亡、漂白、永遠亭、てゐとの悶着(以降本作中展開)、衝突と解消、現在」等。

 技術的には以下に注意すること。

5小節: 音高が左右で入れ替わっている。 記譜上で旋律線を保つためなので、点線のように弾いてもよい。

26小節以降: 40小節などのメゾスタッカート(スタッカートとテヌートの両方が書かれた音符)に注意。 歌のブレスのように音を区切る。また、40小節では早いパッセージ中に左右の旋律線が交錯するのも挙げられる。

終わりに

 些末ながら、本組曲が、八識の比喩であることを書き添える。不滅の肉体を持つ彼女らは五識(五感)、意識、末那識の七つを超えて、我思い、ゆえに存在する。
 阿頼耶識の顕現たる蓬莱人の選択が、地上人=悟ることを知らぬ生き方だったのであれば、彼女たちは、此処が孤独な自分の識が生み出した世界であることを否定してもう一度、他者との関係の中に生まれ直したのだ。この組曲が欠けたる8曲目にあらず、1曲目への回帰をもって完成するとは、月と夜昼と、その謂いである。
 僕はこの組曲で、無限の孤独の前に、それでも前を向く人の希望を書きたかった。そしてピアノ奏者のステージの孤独にそれを仮託した。
 残り1曲、あなたの選択がどのようなオプションであれ、それが孤独を乗り越えるものでありますよう。


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