叙景的ピアノ競作集「春の海」

Track List 曲名 作編曲者 製作時期
01. ピアノ競作『春の海』-初漁祝 弘世 2012-10~11
02. ピアノ競作『春の海』-驟雨 lent/らん 2012-10~11
03. ピアノ競作『東方鈴奈庵』-鈴奈庵の棚卸し 弘世 2012-12
04. ピアノ競作『東方鈴奈庵』-鈴屋童子のフルコトブミ lent/らん 2012-12
05. ピアノ競作『こいのぼり』- 竜の見る夢 弘世 2013-02~04
06. ピアノ競作『こいのぼり』-九紋龍 lent/らん 2013-03~04
07. 東の国の眠らないフロア
原曲:ZUN/上海アリス幻楽団「東の国の眠らない夜」東方文花帖より
弘世 2012-01
08. Play Piano Play #11 弘世 2012-03
09. スケアクロウ“The Scarecrow” lent/らん 2013-02~03
10. 鳴神僊人譚 lent/らん 2013-03
11. Neamhain lent/らん 2013-06

〔2013.8発表,CD,全11曲〕
 弘世、およびlent/らんの二名が、事前に設定したテーマに沿って競作したピアノ独奏曲をメインとしたCDである。ほぼオリジナルで誰が聞いてもコンセプトが感じられるようなコンセプト……その時点ではターゲットイベントを冬コミだった。「イベント発表後すぐ正月だから、季節もので」。「春の海」「こいのぼり」。いずれも手ごわい曲だった。
 結局この作曲活動によって自分は宮城道雄氏のファンになった。ゆえにブックレットにも掲載した第1曲の解説を下敷きに、このCDの解説としたい。
 
 宮城氏の生年は1894年、4月7日。後に検校となったくらいであるから、目に不自由を抱えていた。生まれてすぐの角膜炎の影響だそうだが、それでも八つのころまでは衰えつつも見えていたようだ。それが影響してか、後になっても音を鳴らすと色覚を感じたそうだ(青空文庫『音の世界に生きる』参照)。共感覚の持ち主であったらしい。

 音楽の世界に共感覚者はしばしばいて、西欧で有名なのはスクリャービンだ。ビジュアルをさばく脳機能は音を処理する部分だけで行うより多くの情報を処理できるから自然とそういう能力がある人が有利になるか、訓練の結果必然的にそうなるんじゃないか、と思う。自分も単旋律は音で把握しているが、多声曲は楽譜的なタイムラインを頭に浮かべ、視覚を補助に使っている(その間目から映像は入ってるが脳で認識という処理があまりされない)。

 数え九歳で箏の師につく。しかし十四歳のとき父親が事業失敗し、しかも賊に襲われ大けがを負ってしまった。かくて一家六人の生活のために箏の先生となる。夜には尺八の先生もしたという。苦労の時期、京城の輸入商店で、西洋音楽の影響をレコードにより受けた。それが後年の新日本音楽運動につながったと見る。

 さて、彼の随筆にこんな一節がある。

私は耳できいて、絵のようなものを感じるのである。また私は仏像や、その他いろいろの物をさわって楽しむ。それが冬の寒い時など、細かなところをさわるのに、指先の感じがにぶるので、火にあぶったり、摩擦したりして、撫でるのであるが、それが暖かくなると、らくらく指先に感じる。

(青空文庫『春雨』より)
 春とは宮城氏にとってこのような喜びを伴った季節であった。

 そして原曲の作曲経緯について。1930年の歌会始の勅題「海辺の巖」に基づき、1929年に作曲された。まだ目の見えていたころに祖父母と住んでいた瀬戸内、鞆の浦を浮かべながら、波の音はもとより、カモメの声、櫓の音、そういったものを取り込んで作曲したそうだ。宮城道雄記念館で資料映像としてその地方の風景が流されていて気づいた。音は、カメラのよせひきなのだ。音が穏やかなときは遠景の描写であり、近景は音量大きくまた細かに描写されている。春の海とは音画であった。

 また箏と尺八の協業であるこの曲の背景を語るに、初演尺八を担当した吉田晴風氏を取り上げないのは片手落ちになる。熊本出身の琴古流尺八家で、宮城氏とは京城時代に出会った。そして彼と宮城道雄、本居長世をあわせて三名による新日本音楽運動が1920年発信される。大雑把な言い方をすれば、日本の伝統楽器を使った近代音楽を生み出す運動である。「春の海」はその志の先に生まれた。

 これらを調べ込んだ後、ピアノでこの曲を扱うならどの性格をフィーチャーするのがよいか、と考えて「協業」を主に置いた音画と結論付けた。新春、海辺の巌、協業。編曲中は、初漁祝を浮かべていた。
 原曲の構成を大きく切り取ればABA形式。たおやかな春の海を表すようなAパートと、変化やうねりのあるBパートからなる。それぞれのパートが表すものは原曲とかなり変わっているが、編曲でも構成じたいは踏襲している。Aで暗いうち出港しいくぶんの荒波、漁場に到着しBで漁をする、Aで帰港といった具合だ。私は流れを記述するのが性に合っていて、場面が動きの少ない音画は率直に言って得意ではないが、これは音画にいくぶん近づけたかな、と思っている。
 トランスクリプションについてはすでに和田則彦氏の見事なものがあるので、特に志向していない。全音ピアノピース288番になる。

 春の海自作自演は、右記の国立国会図書館デジタルコレクションで途中まで確認できる。http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1319027
 没年は1956年6月25日、残念なことに急行列車からの転落であった。著作については有志の手により「青空文庫」で読むことが可能だ。

 上項であげた関係者、本居長世は「七つの子」や「赤い靴」といった童謡を後に作る。なお例の国学者、本居宣長の子孫である。というわけでこのテーマ、小鈴ちゃんとあながち無関係ではない。それで「鈴奈庵」というわけである。
 同一のテーマでありながら、lent/らんのアルペジオを多用した自分と異なる絢爛な作風は大いに刺激を受けた。チャレンジャブルなテーマにともに挑んでくれたことに感謝したい。

叙景的ピアノ競作集「春の海」ジャケット


CD仕様
ケース=ノーマルジュエル
ブックレット=6p 4c
バックインレイ=なし
帯=4C 15mm
CDレーベル=フルカラー